2018年10月8日月曜日

LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略と大学院教育のこれから。

LIFE SHIFT 100年時代の人生戦略と大学院教育について考えてみる
おおざっぱな自分の考えをまとめただけなので批判、コメント大歓迎

まずLIFE SHIFTという書籍をものすごくおおざっぱにまとめると
日本人の平均寿命が80歳を突破し、おそらくこれからも平均寿命が伸びていく。
(程度の差はあるとしても他の国でも同様の傾向)
そうすると、多くの人が100歳近くまで生きるようになる。
そうなったときに人生の生き方はどうする?政府の対策は?企業は?教育は?
というあたりがテーマ

キャリアは個人差がすごく大きいものなので一般化はできないけどモデルとして考えると有用なので、生まれた年の違う3人が出てきます。
1945年生まれのジャック、1971年生まれのジミー、1998年生まれのジェーン

1945年生まれのジャックは教育、仕事、引退という3ステージのライフスタイルを過ごすことができますが、
1971年生まれのジミーは3ステージが軋みだして、3.5あるいは4.0ステージを過ごすことを考え、
1998年生まれのジェーンは4.0あるいは5.0ステージを過ごすことを考える...

なぜ3.5, 4.0, 5.0ステージという話が出てくるかと言うと、
65歳で引退し、100歳までの35年間を公的年金や個人の貯蓄で賄うなんてことは不可能に近いから。
(このあたりは日本特有の話ではなく、少子高齢化・長寿命化すれば必然な話)

じゃあどうするか?
というとこの本では3.5あるいは4.0、5.0ステージの生き方を提案しています。
またものすごくざっくり言ってしまえば
年齢に関係なく、 教育を受けたり、会社や働き方を変える
ということ

そうなるといろいろなところで変化が起きます。
たとえば働く人自身、教育機関、政府、企業、教育、キャリア、結婚、子育て...etc.etc.
いわゆる「正しい」とか「手本」みたいなキャリアが成り立たなくなる。
...とここまであたりが本の要旨

いろいろ変化があるこんな時代でどうなるかはよくわからないですが
教育方面でどのようになっていくか、どういう方向になっていくかを少し考えてみたいと思います。 

まず第1に、再教育の必要性について
これは間違い無く、必要だと思います。
理由はテクノロジーの進歩があまりにも速くて、大学卒業時の知識だけでは、40〜50年近くの仕事をこなすことができないからです。

ところが...... あまり再教育というか勉強をしようという人は多くないらしく

企業が博士を採用したがらない理由
https://news.yahoo.co.jp/byline/joshigeyuki/20180824-00094289/
実際、「自分の仕事は自分の学歴や資格に見合わないレベルのものだ」と考える日本人は、先進国中トップレベルの水準に上るとする調査もあります。日本人は「仕事で使わないんだからこれ以上勉強する必要はないだろう」と冷静に判断出来ているとも言えるでしょう。
-----
なにを言ってるの?というような状態であったり、

リカレント教育「意欲あり」36%余にとどまる  
 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180902/k10011604431000.html

意欲ある人は36%... やりたいと思ったことがない人が58%...と少しガッカリしますが...
一方で、企業側の理解もないとなかなか難しいのかなと思います。

第2に、教育の場所について 
再教育の場所としてどこがあるのかとして考えると、

1. インターネット上での勉強
2. セミナーなどの勉強会
3. 大学、大学院に再入学

正直なところ、再教育の場所がどこであろうとあまり興味はなくて、ネットでもセミナーでも大学(院)でも...どこでもという感じ (時代によって最適なところ、その役割って変わっていくでしょうから)

ネットの勉強コミュニティはSNSの発展とともに大きくなっていくとは思いますが、
一方で、セミナーや大学(院)のような場所が必要なくなるということでもないと思います。
データ解析のようなコンピュータ上ならまだしも、実験系は直接手を動かさないとわからないことも多いですから。

第3に、大学(院)でなにを教わるのか、教えていくのか
教育の場所としての大学、大学院はどうあるべきなのか。

残念なことに(一部の)大学院では、大学院生を労働力とみなしてて教育とかをおろそかにして実験だけさせて最後に適当に論文だして終わり
みたいなところもあるようです

私個人の考えとしては、実験手技はあくまで手法として考えて、
モノの考え方、問題解決能力あたりを重点的に教えるべきだと思っています。
なので教授や指導教官が命じるように実験して、論文書いて...だと労働力としての役割でしかないので
少しずつでも自分で論文読んで、実験目的考えて、結果を考察して、教授と議論できるようになればベターかなと

そんなことを読みながら考えていました。



0 件のコメント:

コメントを投稿